ベートーベン『運命』


今回取り上げるのは、ベートーベン作曲の交響曲第五番『運命』です。

第一楽章の出だしは、日本人なら誰もが知っていると言えるほど有名な曲です。

この曲は、綾瀬はるかさんと高橋一生さんのドラマ『天国と地獄』のオープニングでも使われていました。

私はピアノ教師ですが、オーケストラの曲も大好きです。様々な楽器による音の色彩が豊かで迫力もあるからです。

実際に、ベルリンフィルの『運命』をコンサート会場で目の前で聴いた時は、本当に鳥肌が立ちました。

この曲の特徴を、管弦楽法※も学んだことのある私の個人的意見も交えて、分かりやすくお伝えします。

※管弦楽法では、オーケストラの楽器や特性について学び、スコア(オーケストラ用の楽譜)での編曲方法を学びます。

管弦楽の授業についてのブログも書いています。
https://www.mintpiano.net/blog/53873/

  • 目次
  •    ①テーマの特徴とは?
  •    ②耳は聴こえていた?
  •    ③オーボエのソロ
  •    ④超ポジティブな第四楽章

①テーマの特徴は?


みなさんが良く知るフレーズ「ジャジャジャジャーン」は、ベートーベン交響曲第五番第一楽章の冒頭部分です。

このフレーズは、動機(モチーフ)とも呼ばれますが、たった四つの音から成り立っています。

諸説ありますが、このモチーフは運命がドアを叩く音を表しているそうです。

また、他の曲との違いは、八分休符から始まっていることです。だから、ウン(短い休み)ジャジャジャジャーンです。

八分休符というのは、四分休符の半分の長さです。短い呼吸をしてから始まるため、独特の緊張感が生まれます。

休符から始まることから、冒頭の部分は合わせにくく、指揮者や楽団員にとっては緊張する瞬間です。

もう一つの特徴は、このモチーフが第一楽章を通してたくさん使い回されていることです。本当にしつこい(!)です。

これは、悩み事がある時に、気持ちを切り替えたくてもその事で頭がいっぱいになってしまう、そんな感じに似ていますね。

心の中の不安や苦しさが、払っても払っても浮かんできてしまう経験は、誰にでもあることだと思います。

人生に迷い苦悩している人の気持ちの状態を、よく表している曲だと思います。

ちなみに、ベートーベンはメロディーメーカーではありませんでした。しかし、モチーフ(主題)の扱い方が上手でした。

つまり、巧みにモチーフを組み合わせるというユニークな手法で、唯一無二の音楽作品を生み出したのです。

モチーフがズレながら重なりあっていくのは、まるで波紋やエコーが徐々に広がっていくような不思議な効果を上げています。

そういう意味では、作曲家の中でベートーベンはモチーフのリサイクル達人と言えるのではないでしょうか。

②耳は聴こえていた?


ベートーベンは難聴に苦しみました。音楽家にとって耳が聞こえないことは致命的です。

遺書を書いたこともあり、その苦しみは想像を絶します。

でも、耳が聞こえない状態で、どうやって音楽を作ったんだろう?と首をかしげる人も多いことでしょう。

ベートーベンは、飲んだくれの音楽家の父親から、半ば虐待に近いような厳しい音楽の英才教育を受けて育ちました。

つまり、幼少期から青年期にかけて、ものすごい長い時間を音楽に費やしてきたのです。

そうすると、音もイメージ出来るようになります。つまり、耳を使わずに頭の中で音楽を作ることが出来るのです。

音楽系の学校でも、入試科目に新曲視唱(楽譜を渡されすぐ歌う)や新曲視奏(楽譜を渡されすぐ演奏する)があります。

指揮者や作曲家は、スコア(総譜つまりオーケストラ全部の音が書かれた楽譜)を見て、その音を同時に頭の中で鳴らせます。

ベートーベンの場合も同じです。

つまり、実際にはベートーベンの耳は聴こえなかったけれども、頭の中で音がイメージ出来たから作曲が可能だったのです。

③オーボエのソロ


第一楽章を聴いていくと、後半にオーボエのソロがあります。短いフレーズですが、とても印象的です。

それは、この部分だけオーボエ以外の全ての楽器が休止になるからです。本当に一人だけで吹くソロなのです。

そして、そのメロディーは順次進行(順番に音が動くこと)で、飾り気の無いシンプル過ぎるものです。

他の作曲家なら、もっとドラマチックで嘆き節のようなメロディーを書いたことでしょう。

でも、メロディーを素朴にしたことで、暗い部屋でうつろに一点を見つめている、といった孤独感をかもし出しています。

ちなみに、オーボエ奏者の性格は神経質と言われています。

薄い板状のリードを二枚使うオーボエ奏者は、リードを自分で削ります。職人技の器用さが必要です。

また、リードの状態は温度や湿度でも変化して音に直接影響してしまうので、常に気が抜けません。気難しい楽器なのです。

しかし、オーボエは魅力的な音を持っています。他の楽器と紛れることのない、個性的な目立つ音質です。

芝居で言うと、性格俳優みたいな存在であり、ストーリーの流れで印象的なセリフを言うような役割が多い楽器です。

その分、曲の重要な場所でソロを演奏するオーボエ奏者には、失敗が許されません。プロなら即クビです。 

だから、この部分のオーボエのソロを聴く度に、オーボエ奏者はどんなにメンタルが強いことか、と実感します。

同時に、そんな大変な思いをしても演奏したいと思えるような、魅力的かつ中毒性の高い楽器なのでしょうね。

ちなみに、オーボエのソロは、再現部で盛り上げかけた時に、突然亡霊のようにスッーと現れて、すぐに消えてしまいます。

映画で言うと、映像が突然スローモーションや白黒又はセピア色のシーンに切り替わったような感じになります。

さすがベートーベン!曲のメリハリやスパイスの利かせ具合が絶妙です。

④超ポジティブな第四楽章


第一楽章しか知らない人が多いかもしれませんが、この交響曲は全楽章を通して聴くのがオススメです。

なぜなら、全部を通して聴いて『運命』という作品が完結するからです。

小説でも、第一章だけで読むのをやめてしまう人はいませんよね。

第二楽章は、優しく美しいメロディーです。懐かしい幸せな思い出、または日だまりのような暖かな感じが漂います。

各楽器の音域のバランスの良さや、豊かな響きから生まれる安定感が特徴です。

第三楽章は、悲しさの中にも客観的に自分の運命を受け止めようとしている決心のような雰囲気から始まります。

その中間部のフーガ(音の追いかけっこ)からは、新しいことに挑戦してみようとするような心境の変化が感じられます。

そして、最後に超ポジティブな第四楽章が始まります。

第四楽章は、第一楽章とは正反対で、明るくハイテンションです。悩みを全く感じられません。

よく晴れた日に素晴らしい景色を見ながらドライブをしているような、爽快感や疾走感があります。

あまりにも表現がストレート過ぎて、いささか能天気な感じもしますが、本当はそうではありません。

苦難に陥った人間(ベートーベン自身?)が、その状態から這い上がり、前進していく様子を描いているのだと感じます。

だから、もし私が第四楽章に標題を付けるなら『前途洋々』です。不安を払って気分を高めたい時に聴くのも良いでしょう。

コンサート会場で聴くことをオススメします。エネルギーに満ち溢れる生のオーケストラの音に感動すること間違い無しです!

        ミント音楽教室

※この第四楽章は、北京オリンビックの開会式でも、各国の入場行進のBGMの一曲として使われていました。

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