• 目次
  •     ①リストの曲だけど
  •     ②曲の魅力を紹介
  •     ③作家の想像力  

 ①リストの曲だけど


この曲は、リストのたった一曲だけのピアノソナタです。ベートーベンの月光ソナタのような名称もありません。

リストの人気曲は『愛の夢』です。BGMとしてよく使われるので、どこかで聴いたことのある人も多いでしょう。

流れるような甘いメロディーはロマンチックで、心地好さをもたらします。

また、哀愁漂う『ラ・カンパネラ』(パガニーニ作曲のメロディーをリストがピアノに編曲)も人気があります。

この曲は、フジコ・ヘミングさんの演奏で知られ、お正月番組での独学の漁師さんの演奏でも反響を呼びました。

一方、ソナタロ短調は、一般の人の間では知名度が低いため、好きなピアノ曲ランキングには絶対に入らない曲です。

何しろ演奏時間が約30分と長く、楽譜は34ページ(版によります)にも及びます。

それに、曲の始まり方が不気味です。ホラー映画の冒頭の効果音みたいです。ここで脱落してしまう人もいるでしょう。

激しい部分があるためBGMにも向きません。曲の構成が複雑なので、発表当時は「支離滅裂」と酷評されたほどです。

名曲なのですが、弾く方も聴く方もエネルギーが要る曲なので、ピアノリサイタルでも滅多に弾かれません。

私が、この曲をコンサートで初めて目の前で聴いた時、最初は「えっ?何これ。すごく変な曲!」と感じました。

でも、曲の存在感や演奏者からの気迫が伝わってきて、終わった時には感動しました。

クラシックの曲なのに、非常に前衛的です。普通のピアノ曲とは別次元のため、好き嫌いが真っ二つに分かれる曲です。

小説『蜜蜂と遠雷』では、ピアニストのマサルが、この曲を練習している時に、次のようにイメージしています。

「構造が入り組んで、凝った意匠もてんこもりの、とんでもなく大きなお屋敷のような曲」

さすが小説家!例えが上手いです。

②曲の魅力を紹介


この曲には、妖しい魅力があります。

映画に例えると、ミステリー、ホラー、ファンタジー、サスペンスを混ぜたような幻想的かつ狂気の香りがします。

夢の中のような、舞台を見ているような、違う世界に迷い混んだような独特の雰囲気が、曲全体を覆っています。

冒頭やトレモロの部分などは、ティンパニを思わせ、打楽器的なリズム感が必要とされる曲です。

後半のフーガは、ラスボス登場という感じで始まり、絡み合うテーマの緊張感や切迫感がカッコいいです。

終わり方も、リズムの余韻を残しながらも、舞台のラストシーンで照明がふっと消えるような感じです。

この曲は、オクターブの連打、交差、トリル、フーガなど、あらゆるピアノテクニックのオンパレードです。

ピアニストにとっては、740小節に及ぶ壮大な練習曲とも言えます。

他にユニークな点は、モチーフが、形やリズムを変えて、曲のあちこちに散りばめられていることです。

楽譜に隠された秘密の暗号を探し出すような楽しみ方も出来る曲です。リストの頭脳明晰さと遊び心を感じます。

そういった沢山の要素を同時に詰め込んでも、世界観が統一され、偉大な芸術作品になっているのは神業です。

その魅力に惹かれて、多くの世界的ピアニストが録音を残しています。

素晴らしい演奏は沢山あるのですが、強烈な印象で個性的なのは、マルタ・アルゲリッチの演奏です。

スポーツカーで際どいコースを攻めながら疾走するかのような演奏は、リストのあだ名「鍵盤の魔術師」そのものです。

もっとも、アルゲリッチは女性なので「鍵盤の魔女」で、実物もそんなイメージのオーラのあるピアニストです。

下の動画で、演奏を聴いてみて下さい。

③作家の想像力


『蜜蜂と遠雷』で、ピアニストのマサルは、このソナタから『ヨーロッパの村落での壮大な復讐劇』を想像します。

その記述は、なんと100ページにも及びます。恩田さんは、構想を練るために100回位この曲を聴いたそうです。

曲のイメージから、一つの物語が作り出せるなんて、作家というのは、なんて感性が豊かなんだろう、と思います。

何の名称も持たないソナタが、恩田陸さんの耳を通すと、登場人物が現れ、話がどんどん展開するのです!

恩田さんの耳を一度借りてみたいです。音楽がまるで違って感じられそうです。

もし、恩田さんがピアニストだったら、個性的でドラマチックな演奏で他を圧倒するに違いありません。

私は物語は作れませんが、この曲を弾くと、必ず芥川龍之介の小説『蜘蛛の糸』の情景が浮かんできてしまいます。

すさんだ暗いテーマは「地獄の罪人の苦悩」、美しく高貴なメロディーは「お釈迦様の許し」です。(勝手なネーミング。)

この光と影のような2つの対照的なテーマが、形を少しずつ変えながら現れて、互いをより引き立て合っています。

中間部の音が絡み合うフーガの部分は「蜘蛛の糸の争奪戦」に感じられます。(上の動画では、16:40から始まります。)

現実から離れた世界を味わえるのも、音楽の楽しみの1つです。音楽は自分の好きなように感じていいのです。

あなたは、このピアノソナタロ短調から何をイメージしますか?  

         ミント音楽教室

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