指導歴30年以上、TOEICスコア805点で英検準一級も保有する、歌って弾けるピアノ教師が記事を書いています♪

『魔王』とシューベルト


シューベルト作曲の歌曲『魔王』は、有名です。今回は『魔王』とシューベルトを様々な角度から解説していきます。

シューベルトの曲のユニークさや素晴らしさをたくさんの人に伝えて、身近に感じて欲しい、と思って書いてみました。

魔王の挿絵

モーリッツ・フォン・シュヴィントによる『魔王』の挿絵

  • 目次
  •   ①魔王ざっくり解説
  •   ②音楽的にすごい所は?
  •   ③魔王のイメージとは?
  •   ④シューベルトのピアノ曲
  •   ⑤糸を紡ぐグレートヒェン
  •   ⑥シューベルティアーデ(絵画)
  •   ⑦ピアノ曲『魔王』(リスト編曲)

①魔王ざっくり解説


魔王は、中学の音楽の教科書に載っている有名な歌曲です。

音楽鑑賞の時間は居眠りに最適なのですが、魔王は眠りに向かない曲のため、覚えている人が多いのではないでしょうか。

ゲーテの詞『魔王』に感銘を受けたシューベルトが、曲を付けました。

魔王は、珍しい構成を持つ歌曲です。たった一人で、語り手、父親、子ども(息子)、魔王の四役を歌い分けるのです。

だったら、最初から4人で歌えばいいのですが、落語のように一人で何役も表現するのが歌手の腕の見せ所です。

まず、語り手が、病気の子どもを抱いた父親が馬を走らせていることを説明し、魔王が現れ、子どもを誘います。

おびえる子ども、子どもを誘惑する魔王、魔王が見えない父親の三人のメロディーが、代わる代わる歌われます。

最後は、語り手の「父の腕の中で子どもは息絶えていた。」で終わります。教材としては、ラストが衝撃的です。

私が初めて聴いた時は、日本語版だったので、「おとうさん!おとうさん!」と呼ぶ子どものフレーズが耳に残りました。

当時は中学生だったので、子どもの立場で曲を聴いていたのでしょう。とても不安な気持ちになりました。

たたみ掛けるようなピアノの伴奏も攻撃的で怖くて、父親の態度も素っ気なく冷淡な気がしました。

でも、自分が親になると『父親にとって最大の恐怖は、子どもが死んでしまうことだった』と分かります。

父親は、早く目的地に着こうと非常に焦っていた、または、息子の死期が近いのを信じたくなかったのかもしれません。

だから、今は、父親の絶望を表す一番最後に弾かれる2つのシンプルな和音 ( ジャン、ジャン!) が非常に怖く感じます。

曲の感じ方は、年齢や経験で大きく変わっていくものですね。

②音楽的にすごい所は?


音楽を専門的に学んだ後では、魔王の聴き方も変わりました。

ピアノの連打音は馬が走る様子、風のフレーズも出てきます。メロディーと伴奏の絡みも実に良く出来ています。

特に、さすがシューベルト!と感心するのは、魔王のフレーズが明るい調子(長調)で弱く歌われる点です。

普通の作曲家だったら、悪役のメロディーは暗い感じ(短調)で重々しく、フォルテ(強く)にするのが定番です。

例を挙げると、ムソルグスキーの『禿山の一夜』、映画スター・ウォーズの『ダース・ベイダーのテーマ』などです。

ところが、長調で弱く歌われることで、猫なで声の感じが出て、良い人を装う悪人の怪しい雰囲気が漂っています。

魔王の1回目のメロディーは官能的で、お風呂場で歌ったら気持良さそうです。やさしく魔の手を伸ばす感じです。

2回目のメロディーは、ウキウキ感が漂うリズミカルなもので、言葉巧みに遊ぼうよと誘惑する様子が表現されています。

3回目(最後)は、途中からメロディーが短調に変化して力強く歌われます。魔王が本性を現す部分で、引き込まれます。

最初は、優しい声で親切そうに見せておきながら、最後には残酷な正体を見せ、力ずくで命を奪うのです。

魔王の言動は、現代の誘拐犯の典型的な手口と全く類似しています。

見るからに悪人より、このタイプの方が余計に怖さが増すと思いませんか?

だから、魔王のメロディーの表現方法や変化のさせ方が音楽的にユニークで特に優れた所だと思うのです。

シューベルトの真似をして、悪役のメロディーを長調で作ってみて下さい。怖く感じさせることは至難の技です。

③魔王のイメージとは?


子どもは、高熱などの病状により幻覚を見ていただけかもしれません。魔王を身近に感じることは普段はないでしょう。

でも、死は誰にとっても未知の世界で、人は科学的に証明出来ないものの存在を信じ、恐れを抱きます。

魔王のイメージも、その時代や画家によって違い、王様、精霊、死神、妖怪、獣の姿など、様々に描かれています。

魔王の挿絵で有名なモーリッツ・フォン・シュヴィントの絵の魔王は、何と老人の姿で白っぽい布をまとっています。

まるで、映画『ロード・オブ・ザ・リング』のガンダルフ(魔法使い)です。服の色も悪の定番の黒ではありません。

歌詞の中で、父親が「あれは(魔王ではなく)、さぎり(霧)だ。」と言うため、白の衣装を描いたのでしょう。

私の魔王のイメージに近いのは、テノール歌手のイアン・ボストリッジです。

スリムな容姿、彫りの深い顔立ち、品のある知的な雰囲気などが、闇の王様のイメージに当てはまります。

ちょっと神経質そうなテノールの美しい声も、曲とピッタリです。緊張感のある歌い方や表現も絶妙です。

この曲は、歌う人を選ぶ曲だと思います。ストイックな雰囲気を持ち、かつ表現力がある人が似合います。

だから、ラテン系で恰幅のいいパバロッティ(故人)が素晴らしい声で歌ったとしても、あまり怖さが出ないでしょう。

それにしても、わずか5分程度の曲に悲劇を見事に表現して人をゾクゾクさせるなんて、シューベルトは本当にすごいですね!

●声楽あるある!
 テノール馬鹿とは?
https://www.mintpiano.net/blog/65463/

シューベルトの肖像画

④シューベルトのピアノ曲


上の絵は、シューベルトの肖像画です。広いおでこが、知的さを感じさせます。

皆さんは、日頃から知らず知らずのうちにシューベルトの曲を何度か耳にしているはずです。

それは『アベ・マリア』です。auのCMで使われた曲で、チャペルの結婚式のBGMとしても使われます。

また、『子守唄』は、赤ちゃんを寝かせるオルゴールなどに入っているので、聴いたことのある人も多いはずです。

シューベルトは、オーストリア生まれの作曲家です。歌曲を沢山作ったので『歌曲の王』とも呼ばれています。

でも、ピアノ曲も作っています。即興曲やピアノソナタなど、素晴らしい名曲が沢山あります。

しかし、歌曲と比べると、ピアノ曲はイマイチ人気がありません。いぶし銀のような良さがあるものの華が無いのです。

まるでシューベルトのようです。見た目がパッとしなくて人見知りで話下手だけど、付き合うと居心地が良くて楽しい人。

だから、彼の才能を認めた友人達は、シューベルトを金銭的に支援したり、出版社に売り込んだり、尽力していました。

世界的ピアニストの内田光子さんは「死ぬ時に弾いていたいのはシューベルト」と言っています。私も同感です。

ピアニストの反田恭平さんも、人生の最後に弾きたい曲として、シューベルトの即興曲OP.90-3を挙げています。

ショパンコンクールで第二位の反田さんが選んだ曲が、ショパンではなくシューベルトの作品なのは意外な気がします。

でも、シューベルトのピアノ曲は、弾いている人に優しく寄り添って心を浄化してくれる感じがするのです。

もし、私がシューベルトのピアノ曲から癒される曲No.1を挙げるなら、ピアノソナタ第20番イ長調D959の第4楽章です。

その音楽からは、シューベルトの心の優しさや、子ども時代に美声でウィーン少年合唱団にいたという歌心が感じられます。

親しみやすさと魂が洗われるような崇高さを合わせ持つシューベルトのピアノ曲を、ぜひ一度聴いてみて下さい。

⑤糸を紡ぐグレートヒェン


シューベルトの歌曲では、『野ばら』『菩提樹』『ます』『セレナーデ』『音楽に寄せて』なども有名です。

歌曲は詞に曲を付けるため、シューベルトは文学的な感受性が非常に優れていたのではないか、と思われます。

シューベルトは、何度も詞を朗読して曲のイメージを練りました。歌が上手なことも歌曲の作曲に有利でした。

魔王ほど有名ではないものの、魔王と曲のテイストが似ている作品があります。『糸を紡ぐグレートヒェン』です。

この曲は、魔王とは違う意味での怖さを持つ作品です。

ゲーテの戯曲『ファウスト』に出てくる少女が、ファウストへの恋心を歌う曲です。でも、普通の恋ではありません。

グレートヒェンは、ファウストとの恋に溺れ、母親を殺害し、自分の赤子も殺し死刑囚になる少女なのです。

可憐で純粋な少女が恋に狂って人としての道を踏み外すという点では、日本の『八百屋お七』に近いものがあります。

歌曲では、グレートヒェンが恋焦がれる気持ちを歌い、ピアノの伴奏は糸車が回っている様子を表しています。

耳に心地良いメロディーが何度も繰り返されるので、普通に歌うと単調になりやすく、狂気の表現が難しい曲です。

その点では、歌手『ルチア・ポップ』の歌う『糸を紡ぐグレートヒェン』が素晴らしいです。

潤いのある美しい声から後半の切実な声への変化が自然で、繊細でありながらもドラマチックです。

『糸を紡ぐグレートヒェン』は、少女が恋によって病んでいく様子を表し、悲劇を暗示しているから怖い曲なのです。

この曲は、シューベルトがわずか17才で作曲しました。その年で、女の情念を見事に表現していたとは驚きです。

魔王も18才の時に作曲しています。天才というのは早熟で凝縮された時間を生き急いでいる、そんな気がします。

※シューベルトは、わずか31才で人生の幕を閉じています。

シューベルティアーデ

 『ウィーンの邸宅で開かれた
  シューベルトの夜会』
   (別名、シューベルティアーデ)
  ユリウス・シュミットの作品

⑥シューベルティアーデ


シューベルトは内気でしたが、友達に恵まれていました。彼を囲んでの貴族の邸宅での音楽の集いも度々開かれていました。

現代で言えば、お金持ちのタワマンで夜に開かれるクラブパーティーのようなものでしょう。(集まる人々はパリピかな?)

集いでは、自分の作品を中心に歌の伴奏をしたり、人々が踊れる曲を弾いたりして、みんなを楽しませていました。

絵画『ウィーンの邸宅で開かれたシューベルトの夜会』は『シューベルティアーデ』とも呼ばれます。

一昨年、国立新美術館で、実物の『シューベルティアーデ』を目の前で見る機会がありました。

この作品は、印刷物では地味な印象があったのですが、本物にはオーラがあり、華やかさで気分が高揚するような絵です。

実物は、とても大きくて迫力があり、まるで自分がタイムスリップしてその場所に紛れ込んでしまったように感じます。

垂れ下がるシャンデリア、豪華な調度品、女性のドレスなどから、当時のお金持ちの邸宅や人々の様子が窺えます。

シューベルトも仲間達も生き生きと描かれていて、全員が音楽を楽しんでいる様子が伝わってくる素敵な絵でした。

「私がお金持ちだったら、この絵を購入してレッスン室の壁に飾りたい!」と思うくらい、楽しい雰囲気に溢れています。

絵のそばのガラスケースの中には、シューベルトの使用していたメガネが展示されていました。

シューベルトは、良い夢が見られるよう、起きてすぐ作曲が出来るよう、寝る時もメガネを掛けていたそうです。

かなり小さな銀色のシンプルな作りのメガネで、「シューベルトが、これを掛けていたのか」と、とても感慨深かったです。

伝記などでは、「シューベルトは極度の内気で、外見的にもコンプレックスの固まりだった。」とあります。

でも、『シューベルティアーデ』でのピアノの前の彼の姿は、生命力にあふれ、自信に満ちています。

音楽の魅力、人柄の良さ、サービス精神などで、シューベルトがみんなの人気者だったことが、絵から伝わってきます。

 ●絵画が好きな人へ
 『クリムトの魅力を探る!』
https://www.mintpiano.net/p/7/

⑦ピアノ曲『魔王』(リスト)


以前、ピアノの発表会で弾く曲を探していた時に、魔王(リスト編曲)も候補に入れて練習していました。

この曲は、連打音で腕が疲れ、テクニックも難しいです。でも、インパクトが強く、弾き映えもします。

ただ、何度弾いても、恐怖を感じる時のゾワゾワ感がぬぐえません。曲自体が持つ闇を肌で感じてしまうのです。

考えれば、こんなに有名な曲なのに、ピアノリサイタルでは、あまり弾かれません。

よく、人が死ぬような映画などは、お祓いをしてから撮影をすると言いますが、魔王も不吉な曲だと感じます。

他の理由は、曲を並べた時に、魔王は個性が強すぎて存在が浮いてしまい、バランスが悪くなるからでしょう。

私は、迷った末、子どもが亡くなる不吉な曲を親子連れの多いピアノ発表会で弾くのは不適切と思い、曲を変えました。

連打のスピード、左右へのスライドの速さなど、ピアニストのアスリート的な側面が見られる曲です。

パフォーマンス効果の高いアレンジは「いかにもリスト!」という感じで、シューベルトの原曲より派手な印象です。

※シューベルト愛が強過ぎて、今回は、かなり文章が長くなってしまいました。

          ミント音楽教室

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